住職の独り言 お数珠・お念珠 寺報48号

住職の独り言 お数珠・お念珠

先日お墓参りに行った時に、そこにいらっしゃった方が、私が九歳の時に得度(僧侶となるための出家の儀式)した時の記念のお数珠を持ってお参りされていました。だいぶ前のことなのに、大切に持って使って下さっていたこと、嬉しく思いました。

普段、皆さんはどのようなお数珠を使っていらっしゃるでしょうか。親御さんからもらったもの、自分で購入したもの、なんとなく家にあるもの、さまざまあると思います。良いもの、悪いものといった区別は一切ありませんが、自分の手にあるものは、その人の手にある歴史や想いも含め、大切にしたいものです。ちなみに、私が得度した時にお寺から記念としてお渡ししたお数珠は、赤っぽい落ち着いた色のお数珠です。

お数珠は念珠(ねんじゅ)とも言います。お参りをするのですから、私は「念珠」というほうがしっくりきます。お数珠の由来にはいろんな説がありますが、仏前に合掌や礼拝するときに使うものですから、心身ともに姿勢を整え、正しくお参りすることが大切です。お葬式に喪服やその場にふさわしい格好で行くのと同じように、それがその場の礼儀であり、敬いの形です。作法など正しく形を整えることで、正しい心が出来てくるのだと思います。

浄土真宗の教えとは少しそれますが、珠の数は煩悩の数である百八個が基本とされ、煩悩を絶つためこの数になっているそうです。実際はそんなに多くなく、その半数の五十四個、四半数の二十七個などがあり、二輪のものと、一輪のものがあります。宗派によっては、お参りの時に念仏の数を数えるために使用する場合もあるようですが、浄土真宗ではそのような使い方はしません。

よく聞かれる持ち方ですが、女性用によくある長い房の二輪は、二つの親珠(大きい珠)を親指で挟み、左側に房を下げます。一輪の場合は、親珠を下にしてかけます。持つときは左手に持ちます。宗派によっていろいろと違いがありますが、浄土真宗大谷派の正しい作法はこのようになっています。

お数珠は切れることがあります。お参りしていていきなり切れたりすると、「何か嫌なことが起きるのでは」とドキッとされる方もいるかもしれませんが、大丈夫です。私も年に何回か切れますし、新しいものであっても紐が乾燥していると切れる場合があります。私たちの浄土真宗のお参りは、「健康になりますように」「良いことがありますように」とお願いするお参りではありません。人間の私欲の部分よりも、より大きなもの、繋がりやご縁によって自分があることを見つめる、感謝のお参りです。いただいているご縁を大切にしているのですから、お数珠が切れたからといって「嫌なことが起きそう」などとこだわらなくていいのです。大切なお数珠が切れてしまった場合は、仏壇屋さんに持って行って、繋ぎ直してもらうと良いかと思います。

昨年、報恩講にお伺いさせていただいたお宅には、次の言葉を紹介させていただきました。

花咲かす見えぬ力を春という

             人となす見えぬ力を仏という

藤元正樹先生のお言葉です。

新しい年を迎え、お参りすることもあるかと思います。はかることのできないご縁、因縁によって今の私があるのですから、今を丁寧に。はじまりの時だからこそあらためて、身なりを整え正しく、お参りをしていきましょう。(住職)

48号目2026 お数珠・お念珠

住職の独り言・寺報47号(佛様の眼鏡・報恩講のお知らせ)

こんにちは!先日、お茶菓子で栗のまんじゅうをいただきました。

まだ暑い日は続きましたが、はやいもので秋に向かっていきます。

今年も残り約3か月です。大切に過ごしましょう。

 

~住職の独り言~

私の仕事は、佛様がいらっしゃるお寺を守り、皆さんのお参りする場を守ることです。ご自宅に伺ってお参りすることもあるので、さまざまなご家族の事情を目にすることもあります。葬儀の時には大切な人を亡くし、深い悲しみに沈む方もいれば、感謝の気持ちを込めて手を合わせる方もいます。亡くなられた方の歩みを通して、その人柄や周りとの関わりの大きさを感じることもあります。

一方で、複雑なご事情により、故人と関係が切れていたり、恨みを抱いていたり、尊敬できない関係となっている場合もあります。思うところは多々あるでしょうが、それでも最後を見送り、お世話をされる姿を拝見すると、本当に立派だなと頭が下がります。孔子の言葉に「罪を憎んで人を憎まず」というものがあります。人の生き方はさまざまですが、どんな人生であっても尊い命を生きたのですから、最後は誰かに手を合わせてもらえる人生であってほしいと思います。

少し前に、息子に勧められて映画「あんのこと」を観ました。この映画は、幼い頃から母親に暴力を受け、十代半ばから覚せい剤や売春に関わるなど過酷な人生を歩んできた二十一歳の「あん」が主人公です。覚せい剤使用容疑で取り調べを受けた際、少し変わった刑事と出会い、さまざまな大人との関わりの中で次第に心を開き、傷つきながらも生きようと更生していきます。しかし、環境の変化から再び暗雲が立ち込め、終盤の結末を迎えます。映画を観て悲しい気持ちになりましたが、新しい人生を歩もうとするあんの姿は強く印象に残りました。息子が「面白かった」と言ったのは、単に娯楽としてではなく、人の生き方に関心を持ったからだろうと感じ、少し成長を垣間見た気がしました。

人の人生にはいろんなことがあります。思い通りにならないこともたくさんあります。自分も明日どうなるか分かりません。だからこそ、亡き人やお参りのご縁の時に、佛様の教えを思い出し、生活の支えにしていただきたく思います。

私がよく使う例えですが、視力が落ちたときに眼鏡をかけるように、生きる道が見えにくくなったときには、佛様の「眼鏡」をかけてほしいと思います。その眼鏡は、普段の視点とは異なり、より大きく物事を見ることができます。その眼鏡を通してご縁や人生を見つめ直すことで、違った見え方に出会い、「ああ、こういうことだったのか」と、人としての正しい生き方に気づかされることもあるでしょう。

まもなく、浄土真宗では一年で大切な行事「報恩講」をお迎えします。十一月二十八日の親鸞聖人のご命日に向けて、各寺で報恩講のお参りを行います。これもまた佛様の眼鏡をかける大切なご縁です。親鸞聖人の著書『正信偈』は「帰命無量寿如来」で始まります。「無量寿」とは量ることのできない寿(いのち)であり、如来とは教えをいただく存在。「帰命」とはそのいのちに帰れ。つまり、「量り知れない命の尊さに帰りなさい」という意味です。命の尊さに気づき、その命を大切にしなさいと呼びかけているのです。

ある先生が、仏教講座に来られた方に「何かを得て帰るのではなく、何かがご自身に生まれることを期待しています」と話されていました。佛様の眼鏡をときどき胸から取り出してかけてみましょう。そして命の原点に立ち返り、「私はどう生きるべきか」と自分に問いかけていきたいものです。(住職)

 

~寺報47号です。 「佛様の眼鏡・報恩講のお知らせ」~

お時間がある時に、ご覧ください。

 

今回は死の体験旅行の講師

なごみ庵 住職 浦上さんのインタビューもあります!

47号目2025 佛様の眼鏡

死の体験旅行 ~あなたの「たいせつ」を探す旅~ 開催

死の体験旅行チラシ

10月4日(土)14:00~

講師に浦上 哲也師 (浄土真宗 倶生山なごみ庵住職)を

お招きして開催します。

死の体験旅行とは
あなたにとって最も大切なもの、あなたにとって一番大切な存在を死のストーリーから見出してみませんか?死の体験旅行は講師が語るストーリーに合わせて、自分にとって大切なものを書き出し、眺め、時には手放す、「死」を類似体験するワークショップです。

 

講師の浦上さんは、民家を改装した「ちいさなお寺なごみ庵」を運営。

舞台役者である奥さんとともに、寺院向け芝居公演で全国を巡られています。また自死対策にも力を入れていらっしゃいます。もとは医療系のワークショップである「死の体験旅行」を主催。死を見つめることによって“いのち”について考え、自分にとって何が本当に大切なものかを再確認できる内容として、メディアからも注目を集めています。

今年の当寺の報恩講は土日の開催となりましたので、

特別企画として開催します。

一緒に、~あなたの「たいせつ」を探す旅~ 参加しませんか!

お申し込みはチラシのQRコードか、下記のアドレスから、

お申込み下さい。

https://forms.gle/y5XppRjeR12LLu7Q8

 

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45号目2025 私の信仰

 

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