住職の独り言 お数珠・お念珠
先日お墓参りに行った時に、そこにいらっしゃった方が、私が九歳の時に得度(僧侶となるための出家の儀式)した時の記念のお数珠を持ってお参りされていました。だいぶ前のことなのに、大切に持って使って下さっていたこと、嬉しく思いました。
普段、皆さんはどのようなお数珠を使っていらっしゃるでしょうか。親御さんからもらったもの、自分で購入したもの、なんとなく家にあるもの、さまざまあると思います。良いもの、悪いものといった区別は一切ありませんが、自分の手にあるものは、その人の手にある歴史や想いも含め、大切にしたいものです。ちなみに、私が得度した時にお寺から記念としてお渡ししたお数珠は、赤っぽい落ち着いた色のお数珠です。
お数珠は念珠(ねんじゅ)とも言います。お参りをするのですから、私は「念珠」というほうがしっくりきます。お数珠の由来にはいろんな説がありますが、仏前に合掌や礼拝するときに使うものですから、心身ともに姿勢を整え、正しくお参りすることが大切です。お葬式に喪服やその場にふさわしい格好で行くのと同じように、それがその場の礼儀であり、敬いの形です。作法など正しく形を整えることで、正しい心が出来てくるのだと思います。
浄土真宗の教えとは少しそれますが、珠の数は煩悩の数である百八個が基本とされ、煩悩を絶つためこの数になっているそうです。実際はそんなに多くなく、その半数の五十四個、四半数の二十七個などがあり、二輪のものと、一輪のものがあります。宗派によっては、お参りの時に念仏の数を数えるために使用する場合もあるようですが、浄土真宗ではそのような使い方はしません。
よく聞かれる持ち方ですが、女性用によくある長い房の二輪は、二つの親珠(大きい珠)を親指で挟み、左側に房を下げます。一輪の場合は、親珠を下にしてかけます。持つときは左手に持ちます。宗派によっていろいろと違いがありますが、浄土真宗大谷派の正しい作法はこのようになっています。


お数珠は切れることがあります。お参りしていていきなり切れたりすると、「何か嫌なことが起きるのでは」とドキッとされる方もいるかもしれませんが、大丈夫です。私も年に何回か切れますし、新しいものであっても紐が乾燥していると切れる場合があります。私たちの浄土真宗のお参りは、「健康になりますように」「良いことがありますように」とお願いするお参りではありません。人間の私欲の部分よりも、より大きなもの、繋がりやご縁によって自分があることを見つめる、感謝のお参りです。いただいているご縁を大切にしているのですから、お数珠が切れたからといって「嫌なことが起きそう」などとこだわらなくていいのです。大切なお数珠が切れてしまった場合は、仏壇屋さんに持って行って、繋ぎ直してもらうと良いかと思います。
昨年、報恩講にお伺いさせていただいたお宅には、次の言葉を紹介させていただきました。
花咲かす見えぬ力を春という
人となす見えぬ力を仏という
藤元正樹先生のお言葉です。
新しい年を迎え、お参りすることもあるかと思います。はかることのできないご縁、因縁によって今の私があるのですから、今を丁寧に。はじまりの時だからこそあらためて、身なりを整え正しく、お参りをしていきましょう。(住職)

